誰もが打てるようになります。(便利なソフトを活用しましょう。)

私の囲碁との出会い
「囲碁は難しい・・・・。覚えるのは大変だ。」
以前は私もそう思っていました。
今は「難しい、分からない、でもどうしようもない位楽しい ♪」と思っています。

私の祖父は若い頃「懸け碁」をやってたようで、家内でトラブルでも起こしたのでしょうか、(私が記憶する頃)我家には碁盤はありませんでした。当然碁石に触れる機会もなく幼年期を過ごしました。一度だけ叔父と石を並べたことがあるくらいでした。でも今考えるとそれが私と囲碁との最初の出会いだったようです。
その後何度か囲碁との出会いがありましたが、「爺クサイ」、「難しそうだ」、「わざわざ覚える必要はない」といった理由で石に触れようとはしませんでした。

社会人になり、数年たった頃に広島転勤(それまでは福岡)となり、支店長宅に下宿させていただくこととなりました。
当時の支店長は独身で趣味は「覚えたての囲碁」だったのです。当然、無理やり相手をさせられます。コテンパンやられます。面白くありません。しかし、断ることもできない立場に立たされてしまったのでした。そんな私が選んだ結論は、どうせやらなくちゃいけないんだったら「勝てるようになってやろう!」でした。

早速、テキストを購入し、「石の取り方、取られ方」、「シチョウ」、「ゲタ」、「ツケノビ定石」と覚えて行く内に置き石がひとつずつ減っていきました。数ヵ月後でしょうか、黒番で大差で勝つようになってしまいました。するとどうしたことでしょう。無理矢理私に囲碁を教えた支店長が急に碁を打たなくなってしまったのです。今思えば理解できますが、若かった私は「なんて身勝手なヤツ」だろうと思ったものです。
しかし、彼との出会いのお陰で囲碁を生涯の趣味とすることができたわけですから今では感謝しています。鈴木支店長は今どうされているのでしょうか?

囲碁の楽しさ
囲碁の楽しさを一言で語るのはとても難しいと思います。
何故なら囲碁を打つ方ひとり一人が違った楽しみを見出しているのではないかと思うくらい「楽しさの領域(幅、深さ)」が広いようです。
たった361目(もく)の盤上で繰り広げられる白石と黒石の対戦は「絵画」と称されることも、「宇宙」と称されるこもあるくらいです。
古代より何百万局、何千万局と打たれていながら一局として同じものがないといわれる深遠さ。
一局の碁には必ず「後悔」と「改悟」と「感動」があります

私が一言で囲碁の楽しさを語るなら『難しいから面白い』でしょうか。

テレビタレントのタモリは大のゴルフ嫌いでした。番組の中でも『ゴルフするヤツの気が知れない』、『俺は一生ゴルフはやらない』と公言してはばかりませんでした。ところが現在は『第一の趣味がゴルフ』となっているようです。

以前から私が確信していることの一つに
『多くの人が長年やり続けているものは誰がやっても楽しいもの。
ただ、楽しめるところまで行き着いていない人が「面白くない」と言っているに過ぎない。』
です。



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